前回、ジョブ型雇用・人事が注目される背景の一つとして、従来型の年功序列の賃金制度が、働く人たちに対して、昔のような神通力を持たなくなったと書きました。別の言い方をすると、伝統的な日本企業の賃金制度が劣化してしまったのです。
1990年代のバブル崩壊から 10 年くらいのあいだ、「年功賃金の崩壊」がしきりに言われた時期がありました。いわゆる成果主義の人事制度が大きなブームになった時代です。
実はその後も、日本の年功賃金カーブは水準がじりじりと低下、本来は年功賃金の恩恵を享受するはずだった中高年層の待遇は今もなお劣化し続けています。
足元では、今年の春闘・賃上げは2年ぶりにベースアップが復活し、若年層の採用難や、現場の非正規社員の人手不足のため、新卒の初任給やパート・アルバイトの時給が近年上がり続けています。
ただ、全体的にみると長年のデフレ・賃金抑制が続いたせいで、日本の平均賃金水準はいまや先進国で最低レベルになってしまいました。
このあたりはいずれ具体的なデータを紹介するつもりですが、肌感覚で言っても、ひとつの会社にずっと腰を落ち着けて職務能力を高め、賃金水準が向上して生活が豊かになる……というのはもう昔の話。
いまは夫婦で共働きしてやっと家族の生活が成り立つというのが、平均的な給与所得者の実情ではないでしょうか。そのような収入では、自分の持ち家を構えたり、子供を大学まで進学させたりするのは容易ではありません。
そんな親兄弟や先輩社員の姿をみて、若い人たちの仕事観・生活観は昔とはまったく異なります。
会社に就職して、遠い将来の出世に夢を託すのではなく、今の時代はどんな仕事なら食いはぐれがないのか、将来性があるのか、自分にとって面白そうなのか、そのためにはどの会社に入社するのがいいのか、というジョブ型の発想がここでも優勢になっているのです。
現実問題として、一つの会社の中で出世を考えることができるのは、有名大学を出て、大企業に就職でき、将来の地位もほぼ約束された、ごく一握りの新卒エリートだけでしょう。
そうでない圧倒的多数の若者は、いったん会社に就職しても、なかなか展望が開けない閉塞状況に直面し、否が応でも夢が覚めてしまいます。
このまま会社のいいなりに、いろんな仕事をさせられるだけでは、専門スキルが磨けない、将来が描けないと感じた若者は、そのうち転職を考えはじめます。
そこで考えることは、前回も書きましたが、遠い将来の出世ではなく、いまどんな収入の、どんな仕事につけるか、その仕事は将来性があるのかという点で、やはり仕事に関心が集中するのです。
企業も、若手人材のこのような転職意識のジョブ型への変化に気づいており、求人市場のサイトも、そこをうまく訴求できる企業に人が集まりやすい仕組みになっています。
専門人材の採用難はいまに始まった話ではなく、例えば財務会計や法務、マーケティング、デザインなどのプロフェッショナルを一般の総合職とは別の基準で雇うやり方は古くからありました。
ただ、いま起きているのは、伸びしろのある若手人材を転職市場で採用し、専門人材に早く育て上げたいという現場の切迫感を背景とする、幅広い人材層を巻き込んだジョブ型の雇用・人事のニーズなのです。
次回は、そのあたりのニーズをもうすこし具体的に解説しましょう。